泣いて笑って手をつなぐ

ひとりっ子 三兄弟の母になる!母でありインストラクターであり当たり前だけれど1人の女性でもある、日々徒然なるままに。

振り返り

コロナ禍という言葉ができましたが、それをきっかけとして様々な「緊急事態」を経験した人、経験している人も多いと思います。

 

生活スタイルも変化し、先行きも不透明な中、同時進行で仕事、職場、家族、家庭、においても考えを巡らせなければならない状況だったのではないでしょうか。

(そして、きっとまだその状況下に置かれている人も少なくないのでは…と想像しています)

 

わたしは7月になってから保育室の登園が再開し、幼稚園のお預かりや学童もスタートしました。(自粛要請解除!)

4ヵ月ぶりに1人の時間ができ、この期間のことを改めて振り返っています。

 

・人は 自分の聞きたいように聞き 見たいように見る

・誰であれ 共感する部分もあれば 賛同できない部分もある

 

これが、いま重みをもって心の中にあることです。

 

何かを聞いたり見たりした時点で、自分というフィルターを通しているということ。

誰かが聞いたり見たりしたものは、その人のフィルターを通して語られるということ。

 

これはいい悪いではなく、そういうものなのだと思います。(人間だもの)

 

そして同じ事柄に対して、ポジティブな感情とネガティブな感情が共存することはあるということ。

 

「緊急事態」の連続の中で、自分を見つめ、自分と向き合い、他者と向き合うことも少なくありませんでした。

(夫ともつい先日、自粛期間中にあえて深掘りしなかったことを中心に話し合ったばかり…)

 

思いを聞き、考えを聞き

誰かがこう言っているから…ではなく、

「それで、わたしはどうしたい?どうするの?」と、自分の選択に責任をもって考えていくのだと思います。

 

でも、できるだけ相手の思いを知りたいという願いのあるわたしは、聞く力をもっとつけていきたい…。
ただ聞くとこと、そういう思いがあるということをただ受け取るということ。
一度受け取ると思考がスタートしてしまうので、相手の言葉をそのまま文字にしておくこと。
人が好きで、人と関わらずには生きていけないのだから、「対話」とは何かも考え、学び続けていこうと思います。

強く優しくしなやかに

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今年もきっとこの一輪だけ。

3年前に植えた白いクレマチス

タイトルとも記事とも関係なく…一年ぶりに咲いてくれた喜びの一枚✨

 

**********

 

え、なになに、突然このタイトルなに?!

という感じですが…笑

 

高校生くらいの時からわたしの中に生まれた人生のテーマです。

 

中学高校の校訓は「清く 正しく 美しく」でした。

 

これはこれで好きだったんですけど、何か違うなぁ…わたしはどういう人でありたいかなぁ…と思った時にたどりついたのが「強く 優しく しなやかに」でした。

 

ふとした時に立ち返りたいテーマです。

言葉のもつ力と危うさ

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(気持ちよさそうに日向ぼっこしていたヤマアラシ♡)

 

【言葉のもつ力と危うさ】

 

6歳、4歳、2歳の子どもがいる我が家🏠
みんな発語はゆっくりさんなので、3歳を過ぎたあたりから「おしゃべり」をスタートしています。
2歳の三男はまだイクラちゃんっぽい感じ。
(二語文もあるけれど、家族だからスッと理解できるあの感じです♡)

 

 

「伝わっているはず」という思い込み

子どもと接していて気がついたことは
3歳過ぎて「日本語」での会話が成り立ってくると
わたしがイライラすることが増えるな…ということ。

 

それは、言語というツールを使うことで
自分の発した言葉によって
伝えたいことが伝わっているはず
理解されているはず
という感覚があるからだなぁ…ということにも気がつきました。

(だから、言葉だけではスムーズに通じないことが前提の3歳未満期にはイライラしにくい)

 

この感覚は対子どもの時だけではなく、大人と会話をする時も、混み合った話、伝わりづらいかもしれないなという話をする場合には

「今の言い方では伝わらなかったかな?」

「どう伝えたらいいかな?」

と言葉を変えたり、より分かりやすく話す方へ思考が進むのですが

 

・とても簡単なこと

・この表現で伝わらないはずがない

とわたしが思っている時に会話がスムーズにいかないと相手とのすれ違いがスタートします。

 

そしてそれは、往々にして「対家族」であることが多いです。

普段は手放しているはずの「分かるよね?」「分からないはずがないよね?」「わたしの表現で理解してほしい!」という傲慢さが顔を出すんだろうなぁと思います。

 

対子どもに関しては、どんなにシンプルなことでも理解が難しいことはあるし、なんなら言葉は受け取れるけれど実行に移せないことだってあって当たり前なのに

「言葉で伝えたのだから理解できているはず」

という感覚が邪魔をするんです…。

頭では分かっているのに、余裕がないとすぐにイライラしてしまって。

まだまだですが、変わっていきたいところです。

 

夫とのコミュニケーションで気づけたこと

そして対大人(というか対夫)に関して。

まず、夫とは「言葉」の扱い方が全く違います。

わたしはその言葉(単語や熟語)のもつニュアンスを考えながら言葉を選択するのに対して

夫は全体の雰囲気で言いたいことが伝わればいいという感じ。

 

裏を返せば

わたしは夫の発した言葉がいちいち引っかかって

「その言葉を使うってこう思ってるっていうこと?」

「ん?こういうことを伝えたいなら今の表現じゃあ伝わりにくくない?」となるし

(木を見て森を見ずってやつですね…)

 

夫は言葉や細かいことは置いておいて、何が言いたいのかをつかもうとします。

 

分かり合うために「言葉」を使っているのに「言葉」ですれ違うもどかしさ。

 

わたしも夫も日本語ネイティブだし、なんなら日本語しか話せないんですけど(笑)

この違いで会話の空気が悪くなることがよくあります。

 

 

大切にしたいこと

わたしはやっぱり、言葉のチョイスはとても大切だと思っています。

 

単語、熟語、語尾…

対面の会話となれば、表情、間、声のトーン

その全てが相手に「届けている」ものだと思うからです。

 

でも、それは発する側であるときに意識したいこと。

 

受け取る側であるときには上に書いたものを意識しつつも、真に伝えたいことはなんなのか、この表現の奥にあるものはなんなのか、全体を見て理解しようとしたいなと思っています。

 

気になることがあれば

「◯◯と言われたことでわたしはこう思ったんだけど、それはあなたが伝えたかったこと?」

「△△という表現は傷つくからやめてほしい、⬜︎⬜︎という表現なら受け取りやすい」

と確認していくのがいいなぁと…夫と会話を重ねてきました。

 

こんなに伝え合うのが困難な(でも、分かり合いたい)大人に出会ったことがなかったんです(笑)

でも、そんな相手に出会えてよかったと思っています。

 

自分の思い込みにも気づくことができたし、表現しにくい感覚の部分を言語化する労力を惜しまなければ、分かり合えることも知ることができたから。

・・・頭から毛が抜け落ちるんじゃないかって思うこともありますが(゜-゜)

 

こんな風に書いていますが、夫とのすり合わせは今もなお進行中です!

目標とか行きたい場所は一緒なのに、アプローチや感じていることやその動機は大きく違う…後者に気がついたのは結婚してからだったのでたまげたけれど、興味深いしおもしろいです(笑)

 

 

 

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庭づくりの気分

地植えでほったらかしにしておいても大体大丈夫

そんなずぼら庭を目指しているのですが

ずいぶん季節ごとに色々な花を見せてくれるようになりました。

 

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こちらはこれからの季節に庭を華やかにしてくれるダリアのひとつ(^-^*)

今年はいつもより花が大きい気がします✨

 

まだまだ工夫の余地がたくさんある庭づくり。

たまに「雰囲気を変えよう!!」という波がくるのですが、まさに今がその時!

 

庭づくりにぼっとうしたい時ってどんな時かな…と考えてみると

・季節の変わり目

・無心に何かをしたい時

・手を動かしながら考え事をしたい時(煮詰まっている時)

・クリエイティブなことに飢えている時(笑)

わたしの中では、こんな時に庭づくりの波がやってくるようです。

 

ローズマリー
・モヒートミント
・シルバータイム
・フォックスツリー(タイム)
・ミッドナイトサン(リシマキア)
・ブラックスカロップ(アジュガ
ワイルドストロベリー

 

 

今回は少し花壇もリメイクして上記7種をお迎えしました♪

 

ちょっとした工夫と大きく変化させたところと…

きっと全てが思い描いたようにはいかないであろう楽しみも♪

半年後、1年後の庭がどんな表情になるのか

毎日の変化を楽しみたいと思います(^-^)

取り残された感情

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「え?」と思ったり

傷ついたり

違和感を覚えたり…

 

でも、気づかなかったことにしたり

グッと飲み込んでしまった感情って、ありませんか?

 

 

我が家の出来事

先日夫がZoom飲み会をしていた時のこと。

一足先に寝よう~とリビングから寝室へ移動したら

夫の声が聞こえてきたんですね~。

 

「妊娠中に朝帰りしたら『お前なに考えてるんだよ💢』みたいになってー。笑」

 

……。

嫌なところが聞こえちゃったな…。

色んな感情がぐるぐる。

 

でも、聞こえてしまったし、この気持ちを伝えないわけにはいかない。

 

「わたしはそういう言い方をしていないし、場を盛り上げるためや分かりやすさのために妻(人)の怖さや口調を盛るのは好きではないし傷つきます。」

 

謝罪と共に、前後の流れや出産前後の時期に相手をいつも以上に思いやるのは大切で、飲み会に参加できないこともあるしそれは周りも理解しないといけないという主旨だったとの説明を受け、話し合いは終了。

 

でも…何か引っかかる~モやる~

いつもみたいに夫にくっつく気分になれない~。。

 

そんな状態で1週間過ごしていたら、夫にそこを突っ込まれました。

 

上記のやりとりは想定内だったというか、

伝えれば受け止めてくれるし、意図としてはそうだったんだろうなというのは分かっていて…。

 

うーん。。

もうひとつ奥にある気持ちを言語化して伝える必要があるのか。

でもなぁ、悪気もないだろうし返ってくる言葉も想像はついているし。

これって自分の問題じゃないかな~話す必要あるのかな~。

 

と思いつつ…問われたのに応えないのもダメだよね。

ということで、言語化&伝えることに。

 

・この話は妊娠中に終電で帰られるのと始発で帰られるのは全然違うという話だった
・話し合ってお互いに納得できたと思っていた
・今までたくさん話し合って、夫は行動から変わっていて信頼もしていた
・けれど、冗談でもあんな言い方をするってことは実は表面上の理解だったの?
・今までの話し合いも全部実はその場をおさえるための表面的なものだったの?
・こんな感じで心に暗雲が立ち込めています…。

 

結果、全くそんなことはなくて、表面的なものだったら行動から変えられないし頑張れないよ。とのこと。

 

夫としては、先日話した「表現」の問題だけではなく、その一歩奥にも問題があったのかと気が付けて良かったと話してくれました。

 

わたしも、やっぱり夫の返答は思っていた通りのものでしたが、自分がどんな気持ちになってしまったのかを伝えて受け止めてもらえたことで、とっても心が軽くなりました。

 

話しても変わらないから

自分の受け取り方の問題だから

言語化も伝えるのも面倒だから

 

色々な理由で押し込めている感情も

やっぱり言語化すること

できれば相手のあることならば相手に伝えることが

必要だし大切なことだよね…と再確認することとなりました。

 

夫にもくっつけるようになったしね(* ̄▽ ̄)笑

 

取り残された感情

みなさんの中にもそんな感情…ありませんか?

昔のことだから

もうそんな話はしたくないから

と思っていても、

思い出した時に怒りや悲しみが湧き出てくるようなら

まだその感情に囚われているのかもしれません。

 

時間がたてばたつほど

感情だけが取り残されてもとの原因が見えなくなることもありますよね。

(出来事を忘れても、感情は残ることって意外とあると思います)

 

どうか、心軽やかに過ごせる一歩を踏み出せますように。

 

子どもの個性・特性

子育てをする前は

性格形成には環境や教育が大きな割合を占めるだろうと思っていた節があります。

 

それはもちろんそうなんだけど…

三者三様の三兄弟を見ていると

生まれ持ったものの大きさも感じること山の如し。

 

2歳3歳でお行儀良く?している子と

きゃいきゃい走り回る子っていうのは

こりゃ躾じゃなくて個性だねぇなんて思うのです。

 

わたしはいわゆる「お行儀の良い子」だったので

「えらいねぇ」と周りから褒められることが多かったのですが「???」でした。

こうした方が良いから!!といより

ナチュラルにそれをやってたんですよねぇ。

個性個性。

 

幼児の行いを躾に直結させることは

親や親である自分自身を追い詰めることになりかねないとも感じています。

 

そうすると、焦りが募って「周囲を気にした声掛け」をしてしまう…。

 

もちろん適切な声掛けはあると思いますが

それすらその子に合ったものってそれぞれですよね。

 

世間ではなく

目の前にある子どもを見て共に歩みたいなぁと思うのでした。

 

******

 

おや?

最初に書こうと思っていたことと全然違う(笑)

 

小学校の始まった長男(1年生)は

先生に引率されて方面の同じ1年生と一緒に下校しています。

 

最初の数日は…と途中までお迎えに。

(みんな最初はお迎えに行っている)

 

お迎え2日目、手を繋いで帰りながら

「子どもだけで帰るんじゃないの?」

と、遠回しなお迎えいらない発言。

 

おやおや?と、その心に頭を巡らせる…

 

・お母さんがいたら手を繋ぎたくなる

・でもそれを見られるのは恥ずかしい

・手を繋ぐのを我慢するのはしんどい

 

この3点の理由が合わさっての

「お迎えこなくて大丈夫」

なんだろうなぁと予想しました。

そして、たぶん合ってる…と思う。

 

こういう思考は夫に似ていることもあって

遺伝や特性のあれこれに思いを馳せたのでした。

 

たった90分ですが

親のいない「社会」で過ごした子どもを

「おかえり」と迎えることは

なんだかとても幸せだなと思うこの頃です。

今日から1年生!!

おはようございます。

3月に幼稚園を卒園した長男・・・

本日より小学校生活がスタートします!!

 

4月から1年生ではありましたが、1度も登校していないので

「今日から1年生!」な気分です✨

 

わたしは昨日の夕方まで5月があと1週間あると思っていて

「え?!明日から6月?!登校始まるの?!!」と焦りました(◎_◎;)

 

大丈夫かなわたしの頭。笑

 

まるっと3ヶ月間の24時間幼児3人育児。

いやーーーーー、大変だった!

強制的に「孤育て」しないといけないのがきつかったですね。

人と触れあって助け合えないのってしんどいわー。。

 

個人的には「教育」も担わないといけないことがきつかったです。

年齢的にもつきっきりじゃないといけないし、

でも2歳児や4歳児もかまって♪かまって♪

うーーーーん、もう、笑って過ごせればそれだけで十分じゃん・・・

と思いつつ、あれやこれや工夫しながら課題に取り組んだのでした。

 

と言いながら、何となく3ヶ月目は親子共にリズムがつかめてきて、

時間に追われない生活っていいよね…なんて思っていたところだったので、

これからの方が大変なんじゃないかなとドキドキしています('▽';)

 

小学校は分散登校、幼稚園は隔日登園、保育園は登園自粛要請…

みなさんも生活リズムが変わってきますよね。

少しずつ、日常に戻っていきましょう(^-^)

 
 
 

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